気持ちを言葉にできないのはなぜか
「どう感じた?」がいちばん難しい質問になるとき
看護師 山田祥和
気持ちをうまく話せない方のことを、心を閉ざしている、話す気がない、と受け取られることがあります。ですが私が精神科訪問看護の現場で感じているのは、むしろその逆のことです。話したいのに、自分の中で起きていることを言葉にする手段が見つからない。そういう苦しさを抱えている方が、少なくないのです。
感情を自分で捉えて言葉にすることが難しい状態は、専門的には失感情症、アレキシサイミアと呼ばれることもあります。病名ではなく、ものの感じ方の傾向を指す言葉です。
体調は言えるのに、気持ちは言えない
答えられる質問と、答えられない質問がある
「よく眠れましたか」「食欲はどうですか」といった質問には、はっきり答えられる方が、「今どんな気持ちですか」と聞かれた途端に黙ってしまう、ということがよくあります。考えていないのではなく、探しても手応えのある言葉が見つからない状態です。沈黙が長くなるほど、答えられない自分を責めてしまう方もいます。
無関心や無愛想とは、別のものかもしれません
表情が動きにくかったり、感想を求められても一言で終わったりすると、周囲は冷たい人だと受け取ってしまうことがあります。けれども内側では、強い感情が動いていることも珍しくありません。外に出てくる量と、内側で起きている量は、必ずしも一致しないのだと思います。
なぜ言葉にしにくいのか
気づく段階でつまずいている
感情を言葉にするまでには、自分の中の変化に気づき、それがどんな感情なのかを見分け、言葉を当てる、という段階があります。言葉を知らないのではなく、その手前の「気づく」「見分ける」でつまずいていることが多いようです。たとえば、不安と怒りと疲れが同時にあるとき、どれが今いちばん大きいのかを選び分けることは、慣れていないとかなり難しい作業になります。
感情が、体の感覚として現れている
気持ちの変化が、胃の重さや頭の痛さ、肩の張りといった体の感覚としてだけ自覚される方もいます。本人は体調不良として受け取っているので、気持ちを聞かれても結びつきません。検査では異常が見つからないのに症状が続く場合、こうした背景が関わっていることもあります。
言葉にして否定された経験が積み重なっている
つらいと言ったら怒られた、不安だと伝えたら気のせいだと流された。そうした経験が重なると、感情を外に出すこと自体が危ないものとして記憶されます。安全ではない場所で、人は気持ちを言葉にできません。
発達障害の特性が関わることもある
自閉スペクトラム症などの特性がある場合、自分の内側の状態をつかみにくいことがあると言われています。これは努力の不足ではなく、感じ方の違いとして捉えたほうが近いのかもしれません。
言葉にしやすくするための工夫
気持ちではなく、体の感覚から入る
いきなり感情を探すより、「今、体のどこが重いか」から始めてみてください。胸が苦しい、喉が詰まる、といった感覚のほうが捉えやすく、そこから「落ち込んでいるのかもしれない」とつながっていくことがあります。
選択肢の形にしてもらう
白紙から答えるのは難しいものです。「不安に近い感じですか、それともいらいらに近い感じですか」と二択や三択で尋ねてもらえると、答えられることがあります。当てはまらなければ違うと言えばよく、正解を出す必要はありません。
点数で表してみる
言葉にならないときは、「しんどさが十段階でいくつか」と数字にするだけでも十分です。数字が言えれば、前回と比べて増えたか減ったかが分かります。主治医に状態を伝える際にも役立ちます。正確さを気にせず、そのときの感覚で出した数字で構いません。
その場では答えず、後から書いてみる
会話の最中に言葉を見つけるのが難しい方は、一日の終わりに短く書き残すほうが向いていることがあります。書いた内容を誰かに見せる必要はありません。毎日続かなくても構いませんし、一行だけでも十分です。後から読み返したときに、同じような場面で同じ感覚が起きていると気づけることがあります。
周囲の人にできること
「どう思った?」を急がない
答えが返ってこないと、質問を重ねたり、言い換えて説明したりしたくなります。けれども問いが増えるほど、本人の中は混乱していきます。待っている間は、こちらが黙っていて構いません。
沈黙を、失敗として扱わない
黙ったまま時間が過ぎても、何も進んでいないわけではありません。言葉にならない時間を一緒に過ごしてもらえた経験そのものが、次に話せる土台になっていくことがあります。
出てきた言葉を、言い換えたり評価したりしない
ようやく出した一言を「それは本当は寂しいってことだよね」と直されると、自分の感覚より相手の解釈が正しいのだと学んでしまいます。言葉足らずに見えても、そのまま受け取っておくほうが、次の言葉が出やすくなります。
気持ちを言葉にできないことは、治さなければならない欠点ではないのかもしれません。自分の状態を少しでも伝えられるようになると、受診の場面でも日常の中でも助けを求めやすくなります。うまく言えない日があっても、それでいいのだと思います。

