病気があるからこそ生きていける① リストカットやお酒は転ばぬ先の杖
看護師 山田祥和
病気は治すもの。
病気はなくすもの。
精神科の医療の世界にいると、当たり前のようにそう考えます。精神科に限らず、医療は「治す」という視点が強いかもしれません。
もちろんそれは間違いではありません。うつ病が楽になればいい。不安が減ればいい。眠れるようになればいい。幻聴や妄想が落ち着けばいい。
誰も病気になりたくてなったわけではありません。
しかし長年、精神疾患の生きづらさを抱えている人たちの地域生活をみていると、単純に病気を敵として扱えない場面に出会います。
病気はその人を苦しめている一方で、その人を守っていることもあるからです。
病気は人生の邪魔者であると同時に、その人が生き延びるために身につけた知恵でもあるような気さえしてきます。
転ばぬ先の杖のように。
そして人生という大海原に投げ出された時には、浮き輪のように。
その人が沈まないために存在していることがあります。
本日は、病気がその人にとって必要なのかもしれないと思った、その理由を書いていきます。
人は理由もなく病気にならない?
人は弱い生き物です。
傷つけば痛みます。
孤独になれば苦しくなります。
否定され続ければ自分を嫌いになります。
不安や恐怖が大きくなれば、何とかしてそこから逃れようとします。
その結果として現れるのが、病気や症状であることがあります。
もちろん病気の原因を全て心理的なものとして説明することはできません。
自律神経やホルモンバランス、脳や身体の細かい働きも関係しています。
それでも、多くの症状には意味があるのかもしれません。
眠れないことにも意味がある。
食べられないことにも意味がある。
飲酒にも意味がある。
自傷にも意味がある。
本人でさえ気づいていないこともありますが、その症状は人生を生き抜くために生まれてきたものなのかもしれません。

リストカットは死ぬためではなく生きるため?
リストカットという言葉を聞くと、多くの人は危険な行為という印象を持ちます。
または、気を引くための行為で、無視しておいた方がいい行為と捉える人もいるかもしれません。
実際に危険ですし、承認欲求を満たすための場合もあります。
しかし彼、彼女たちの生活をみていると、自傷行為が生きるために必要な行為になっていることは珍しくありません。
胸が苦しくてたまらない。
感情が溢れそうになる。
頭の中が真っ白になるほど苦しい。
そんな時に皮膚を切ることで、自分を保っている人がいます。
身体の痛みによって、こころのイタミを和らげているのです。
痛みでイタミを制しているのです。
リストカットがなければ「もっと危険な行為をしていたかもしれない」と思ってしまう人も少なくありません。
消えたい
死にたい
でも本当に死にたいわけではない。
むしろ生きたい。
生きたいけれど苦しい。
だから切る。
それは矛盾しているようでいて、本人の中では必死の生存戦略のような気もします。

お酒が人生を支えていることがある
以前も書きましたが、アルコール依存症の人は生き延びるためのお酒になっている人もいます。
アルコール依存症の人に出会うと、お酒が問題の中心に見えることがあります。
家族との関係が悪くなる。
仕事に影響が出る。
健康を害する。
経済的な問題も起きる。
だから周囲はお酒をやめさせようとします。
しかし本人の話を丁寧に聞いていくと、お酒は単なる嗜好品ではなく、生きるための道具になっていることがあります。
誰にも相談できない孤独。
消えない不安。
思い出したくない過去。
自分自身への強い嫌悪感。
そうしたものを抱えながら生活することは想像以上に苦しいことです。
その苦しみを少しだけ忘れさせてくれるのがお酒だった。
だからお酒を否定されると、単に飲酒を否定されたとは感じません。
人生を支えてきたものを否定された感覚になります。
自分の生き方そのものを否定されたような痛みになります。
人格を否定された感覚になり、怒ります。
もちろん依存から回復することは大切です。
しかしその前に、お酒が果たしてきた役割を理解しなければなりません。
なぜその人がお酒を必要としたのか。
そこに目を向けなければ、本当の支援にはならないのではと、私は考えます。
もちろん、アルコール依存症の人が、全員が全員そうではありませんが。
私たちは、リストカットやお酒を否定せず、まずはじっくりと話を聞き、関係性を築いた上で、別の「杖」を見つけるように支援していきます。
次回はこの続きを書いていきます。


