私が病院より訪問看護で働く理由 一度訪問看護で働いたらやめられない?

看護師 山田祥和

私は精神科の世界で20年以上働いてきました。

病院で働いていた期間もあり、そこで学んだことは本当にたくさんあります。精神症状の見方、薬のこと、急性期の対応、患者さんとの距離感、多職種との連携、退院支援。

今の自分の看護の土台をつくってくれたのは、間違いなく病院です。本当に感謝しています。

それでも今、私が「どちらで働きたい?」と聞かれたら、間違いなく訪問看護を選びます。それは人間関係の煩わしさがないからではありません。

私は、性格的にも仲間と協力して行うのが好きです。それでも訪問看護を選びます。

よくステーションで話すのですが、「一度、訪問看護で働いたら病院には戻れないよね」そんな言葉が出ることがあります。

では、なぜ訪問看護には、それほどの魅力があるのでしょうか。

病院では「患者さん」、家では「その人」になる


病院で働いていると、どうしても病気を中心にその人を見る場面が多くなります。

「統合失調症の患者さん」
「うつ病の患者さん」
「依存症の患者さん」

治療の場ですから、これは当然のことでもあります。ところが訪問看護では、その見え方が少し変わります。

玄関を開けると、その人の生活があります。

好きなアニメのグッズが並んでいる人。

野球中継を楽しみにしている人。

猫を何匹も飼っている人。

料理が好きな人。

ゲームなら何時間でも話せる人。

家族との関係に悩んでいる人。

仕事に行きたいけれど、朝になると動けなくなってしまう人。

病院では見えなかった「その人」が、家に行くと見えてきます。

そして私たちは、その人の生活の中にお邪魔します。

ここが訪問看護の魅力だと思っています。

「症状を良くする」だけが看護ではない


精神科訪問看護をしていると、病気が完全に良くなることだけがゴールではないと感じます。

幻聴があっても働いている人はいます。

不安があっても買い物に行ける人もいます。

学校には行けなくても、自宅で好きなことを見つけて少しずつ元気になっていく子もいます。

「症状があります。だから何もできません」ではなく、「症状はある。でも、どうしたらこの人が自分らしく暮らせるだろう」

そこを一緒に考える。

私は、これがとても好きです。

薬の確認をする日もあれば、一緒に散歩する日もある。

ひたすら話を聞く日もある。

ゲームをしたり、野球や映画の話をしたりすることもあります。

一見すると「これって看護なの?」と思うこともあるかもしれません。

でも、その時間があるから、「実は昨日、死にたくなったんです」

「薬、飲めていません」

「仕事を辞めようと思っています」

そんな大切な話をしてくれることがあります。

「関係性そのものが支援になる」

精神科訪問看護では、それを実感する場面がたくさんあります。

一人の人と、長く付き合える


病院では退院があります。

状態が良くなれば「退院おめでとうございます」と送り出します。

それはとても大切なことです。

一方、訪問看護では退院した「その後」に関わります。

仕事を始めた。

また調子を崩した。

恋人ができた。

家族と喧嘩した。

一人暮らしを始めた。

作業所に通えるようになった。

また行けなくなった。

グループホームへ引っ越した。

人生は一直線には進みません。

良くなったり、悪くなったりしながら続いていきます。

その時間を一緒に歩けるのが訪問看護です。

数年関わっていると、「あの頃は玄関から出ることもできなかったのにね」なんて話をすることがあります。

これは、なかなか味わえない仕事の醍醐味です。

看護師が「正解」を持っていなくてもいい


病院にいた頃の私は、今よりも「何かしてあげなければ」と思っていた気がします。

アドバイスをしなければ。

症状を改善させなければ。

問題を解決しなければ。

でも訪問看護を長くやっていると、人はそんなに簡単ではないことが分かってきます。

こちらが良いと思ったことを本人が望んでいるとは限りません。

不登校の子に「学校へ行こう」と言うことが正解とも限らない。

働いていない人に「働きましょう」と言えばいいわけでもない。

お酒を飲んでいる人に「やめなさい」と言い続ければ、やめられるわけでもありません。

答えを決めるのは、私たちではない。

その人自身です。

私たちは、その人が自分で選べるようになるまで横にいる。

訪問看護を続ける中で、そんな看護が好きになりました。

一度訪問看護をしたら、やめられない?

これは半分冗談で、半分本当です。

訪問看護は決して楽な仕事ではありません。

一人で訪問する不安もあります。

判断に迷うこともあります。

予定通りにいかないことなんて日常茶飯事です。

精神科なら、突然電話がかかってきたり、昨日まで元気だった人が急に不安定になったりすることもあります。

それでも私は、この仕事がおもしろい。

なぜなら、病気だけではなく「暮らし」に関われるからです。

人が変わっていく瞬間を、すぐ近くで見ることができるからです。

そして何より、「看護師さんが来る日だから話そうと思っていました」

そんな一言を聞くと、この仕事をやっていてよかったと思います。

病院には病院にしかできない看護があります。

訪問看護には訪問看護にしかできない看護があります。

どちらが上という話ではありません。

ただ、私には訪問看護が合っていた。

白衣を着て待っている看護から、

こちらから会いに行く看護へ。

病気を見る看護から、

その人の暮らしを見る看護へ。

私はこれからも、玄関のチャイムを鳴らして、「こんにちは。」と言いながら、いろいろな人の人生に少しだけお邪魔していくのだと思います。

一度訪問看護で働いたらやめられない。

その理由はきっと、看護の向こう側にある「その人の人生」が見えるから。

私はそう思っています。

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