ADHDの忘れ物、なくし物は根性では減らせない

気をつける以外の方法を持っておく

看護師 山田祥和


朝、出かける直前に鍵が見つからず、家の中を何周もしてしまった。そんな経験は誰にでもあるはずです。ADHD(注意欠如・多動症)のある方からは、探し物に毎日かなりの時間を取られているという話をよく伺います。そして多くの方が、自分の注意が足りないせいだと考えておられます。
ですが、忘れ物、なくし物は注意の量を増やせば減るものではないのかもしれません。むしろ、注意に頼らない形をどれだけ用意できるかで決まってくる気がしています。

なぜ物がなくなるのか

置いた瞬間が記憶に残っていない

物をどこに置いたか思い出せないとき、多くの場合は忘れたのではなく、最初から覚える処理が行われていません。手が勝手に置いた、という状態です。ADHDでは、短い時間だけ情報を保持しておく働きに負担がかかりやすいと言われており、置いた場所という情報はそこから真っ先にこぼれていきます。思い出せないのは当然で、記録されていないものは取り出せません。

探し物は「ない」のではなく「見えていない」

後から家族が同じ場所を見て、あっさり見つけることがあります。本人が嘘をついていたわけでも、見る気がなかったわけでもありません。探している最中は焦りが強く、視界に入っていても目的の物として認識できないことがあります。一度離れて落ち着いてから戻ると見つかるのは、このためかもしれません。

注意が別のことに向いた瞬間に手が離れる

歩きながら考え事をしていて、鞄をどこかに置いたまま離れてしまう。何かに気を取られた一瞬に、物と自分が切り離されます。その一瞬を意志で管理するのは、おそらく誰にとっても難しいことです。しかも、気を取られる対象が多い場所ほど起きやすく、駅や店先、職場のように人や音が多い環境では、頻度がぐっと上がります。

気をつけるという対策が続かない理由

気をつけられない瞬間にこそ起きている

「次からは気をつけよう」という対策は、気をつけていられるときには有効ですが、なくし物が起きるのは注意がよそへ向いた瞬間です。つまり、対策が必要な場面でだけ、その対策が働きません。意志が弱いから続かないのではなく、方法の設計が合っていないのだと思います。

叱られた記憶が別の困りごとを生む

子どものころから何度も注意され続けてきた方は、物が見つからないときに、まず自分を責める反応が先に出てきます。自責が強いと焦りも強まり、焦れば見えるものも見えなくなります。責める習慣そのものが、探し物を長引かせている面もあるのかもしれません。

注意力に頼らない形をつくる

置き場所を決めるより置き場所を減らす

置き場所を決めても、そこに戻す動作を忘れてしまえば意味がありません。それより、鍵も財布もスマートフォンも、全部まとめて玄関の一か所だけに放り込む形にしてしまうほうがうまくいくことがあります。整理ではなく集約です。きれいに分類された十か所より、雑然とした一か所のほうが機能します。

帰宅後に必ず通る場所を使う

集約する場所は、帰ってきて必ず通る位置にしておくと定着しやすくなります。わざわざ寄らなければならない場所は、疲れている日に飛ばされてしまいます。

なくしても困らない形にしておく

紛失防止のタグを付けて音を鳴らせるようにしておく、合鍵を一本どこかに預けておく、といった備えは、なくすことを前提にした対策です。なくさないようにする努力より、なくしたときの被害を小さくしておくほうが、確実に効きます。

探す時間を先に区切っておく

見つからないとき、際限なく探し続けて予定を壊してしまうことがあります。五分探して出てこなければ代わりの手段に切り替える、と決めておくと、一日が崩れにくくなります。あきらめた後にふと見つかることも多いので、探すのをやめるのは負けではありません。

忘れ物への備え

持ち物の数そのものを減らす

管理する物が少なければ、忘れる機会も減ります。毎日持ち歩く物を見直して、置いていけるものを置いていくだけでも負担は変わります。使うかもしれないから持っておく、という物をいくつか手放せると、鞄の中で目的の物を見つけるのも楽になります。

玄関では記憶ではなく現物を確認する

頭の中で「財布、鍵、携帯」と唱えるより、手で触って確かめるほうが確実です。記憶の照合は、急いでいる朝にはあてになりません。

周囲の人にできること

見つけてあげるより一緒に仕組みを作る

探してあげることは助けになりますが、毎回それでは双方が疲れます。それよりも、どこに集約するかを一緒に決めたり、タグを付ける作業を手伝ったりするほうが、長く効きます。見つからないときに「またなの」と言わずにいられるだけでも、本人の焦りはずいぶん減ります。

まとめ

なくし物が多いのは、注意が足りないからではなく、置いた瞬間を覚えておく働きに負担がかかりやすいからだと言われています。だからこそ、気をつけるという対策ではなく、置き場所を一か所に集約する、なくしても困らない備えをしておく、探す時間を区切るといった、注意力に頼らない形が役に立ちます。
私がこの工夫の話を伺っていていつも思うのは、うまくいっている方は例外なく、自分を直すことをあきらめている、ということです。あきらめというと聞こえは悪いのですが、自分の注意力を当てにしないと決めた人ほど、生活が回っていきます。直せない部分は直さないままでいい。その代わりに、困らない形を一つずつ増やしていけたら、それで十分なのだと思います。

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