引きこもり支援 本人が動き出すタイミングは?動き出せない理由と、動ける日にできる関わり方
看護師 山田瑞枝
まわりが焦っても、本人のこころはまだ追いついていない
引きこもりや不登校、精神疾患による生活の停滞が続くと、家族や支援者はどうしても「そろそろ動いてほしい」「このままでは将来が心配」という思いを抱きやすくなります。
その気持ちは当然のものであり、愛情や責任感から生まれるものです。
しかし、本人の心は、他者の期待とは別のスピードで動いています。
表面上は「何もしていない」ように見えても、心の奥では葛藤や恐怖、自己否定と向き合い、静かにエネルギーを溜め続けていることも多いのです。
支援の本質は、動かすことではなく、「動ける日が来たときに、その小さな一歩が踏み出せるように準備を整えておくこと」だと、訪問支援を続けてきて強く感じます。

「あ、今日は動けるかもしれない」その瞬間の空気
訪問看護を行なっていると、何気ない会話や表情の変化から「今日は少し動ける日だな」と感じることがあります。
それは本人の言葉よりも、声のトーン、部屋の空気、手の動き、視線の向きなど、言語化されない情報の中に現れます。
例えば、いつも布団から出られない子が、今日は少し頭を上げてこちらを見てくれる。
話しかけた時に「うん」と返事が返ってくる。
そんなわずかな変化こそ、回復の入り口です。
この変化に気づけるかどうかで、その後の支援は大きく変わります。
動ける日に「ちょうどいい量の一歩」を一緒に作る
大切なのは、本人が動ける日に、大きな目標を押しつけないことです。
外出や学校復帰、就労ではなく、まずは玄関まで出てみる
窓を開けてみる
ご飯を一緒に温めてみる
短いメールを打ってみる
そんな小さな行動から始めることが、次の動ける日をつくります。
大きな一歩は、その前にある数えきれないほどの小さな一歩の積み重ねからしか生まれません。
支援者がその流れを丁寧に守ることで、本人の自己効力感が育ち始めます。
「やらせる支援」ではなく「一緒に並んで歩く支援」
焦りが強いと、支援はどうしても「やらせる」方向に傾きます。
しかし、訪問の現場で何度も見てきたのは、やらされて動いた行動は、その後が続きにくく、負担感だけが残ってしまうということです。
逆に、本人が自分で選び、自分で動けた日には、少し表情が明るくなり、次の挑戦につながりやすい。
支援は伴走であり、指示ではありません。
その人の歩幅に合わせ、横に並んで歩く姿勢が、信頼と安心を育てます。
動き出すその瞬間を逃さないために
訪問のたびに意識しているのは、「前回と比べてどうか」ではなく、「今、この瞬間のその人に何が起きているか」です。
昨日できなかったことが今日はできることもあれば、逆に後退することもあります。
波があるのは当たり前で、むしろ自然な経過です。
大切なのは、調子の良い日を支援のチャンスとして見逃さないこと。
そして、調子の悪い日には無理をさせず、安心を整えること。
この繰り返しの中に、回復の種が育っていきます。

動ける日は、必ず来る
引きこもりや不登校、精神的な停滞が長く続いていると、「本当に動き出す日は来るのだろうか」と家族は不安を抱えます。
けれど、訪問看護を続けていると、どんな方にも必ず動ける瞬間が訪れるのを何度も見てきました。
その瞬間は突然で、とても小さく、どこか控えめです。
その小さな変化に気づき、そっと支え、本人自身の力で一歩を踏み出せるように寄り添っていく。
それこそが、長期的な回復につながる最も確実な道です。
最後に
本人が動き出すタイミングは、支援者がコントロールするものではありません。
でも、そのタイミングを逃さず、光を当て、育てることはできます。
こころいKでは、
「その人のリズムで生きていけるように」
「動ける日を一緒に見守り、支える」
そんな支援を大切にしながら、日々の訪問に向き合っています。


