固定観念を捨てて気持ちを楽にする方法 〜人類学から学ぶ自明性の破壊〜

ピアサポーター 金子祐也

「べき思考」に縛られた日常

無意識のうちに人は、「こうだ」「こうあるべきだ」「こうすべきだ」「こうに決まっている」と決めつけてしまうことがあります。何の疑いもなく、それが当たり前のことだと思ってしまうのです。

例えば、挨拶はするべき、車は左側通行、勉強はすべき、スナック菓子は体に良くない、男は働かなければならない、ギャンブルはよくない、並んでいる列は守るべき…。これらをあまり疑問に思わず、当たり前のことだと感じています。

私自身も、「男は働いてこそ価値があり、働くのが当たり前」「会社のために尽くすのが当たり前」「家庭より仕事を優先するのが当たり前」といった考えに苦しめられてきました。これは「べき思考」と呼ばれるもので、柔軟性がありません。

人類学的視点で「当たり前」を見直す

前にもお伝えしましたが、人類学とは自明性(当たり前)の破壊と異文化理解の学問です。基本的には、世界の未開地域の人々を研究対象にして、彼らの衣食住を彼らと共に体験しながら、自明性(当たり前)を破壊し、異文化理解していく学問です。

人類学のターゲットは未開だけと思われがちですが、我々の「他者」であれば、例えば隣に住んでいる人や友人などもターゲットになりうるのです。つまり、人類学の研究対象は「他者」の分だけ存在します。現に都市の多様化に合わせて都市の人類学というものも存在します。

人類学は日常にも応用できます。支配的になっている自明性(当たり前)の観念(べき思考)から解放され、気持ちを楽にすることができます。それは、今の支配的になっている自明性(当たり前)の観念(べき思考)に疑問を抱き、他者の文化を感じることから始まります。

本当にこの事実は正しいのか、自分の考えはこうだけど、この人ならこう考えるかもしれない、などと紙に書き出し、検証してみると良いでしょう。

例えば、

  • 仕事は時間がかかろうともたくさんすべきだ
  • 家庭より仕事を優先にすべきだ
  • 上司の意見には逆らってはいけない
  • 政治家は国民の生活を守るべきだ
  • お金を稼ぐのは悪だ
  • 休むのは甘えだ

私の場合、今の支配的になっている自明性の観念(べき思考)を紙に書き出し、なぜそう考えるようになったのかを分析してみます。その「べき思考」は単なる考えの一つなんだと思わせ、あの人ならこう考えるかもしれない、この人ならこう捉えるであろうと別の見方も考えてみます。

そうすることで、支配的になっている観念(べき思考)を破壊し、自分自身を新たなる「知の次元」へといざなうことができ、支配的な気持ちや心をリセットし、気持ちを楽にすることができます。

この世界は多様性にあふれています。それは人間や動物だけに限ったものではありません。我々の思考そのものも多様性にあふれています。もし支配的な観念(べき思考)に取りつかれていたら、自明性を破壊し、多様性の中で生きていることを再確認してみることをおすすめします。

自分の観念(べき思考)を紙に書き表し、別の視点で見たり、一晩おいてみたり、第三者に一緒に見てもらうと非常に有効的です。柔軟性のある思考が手に入ると、生きやすくなります。

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