なぜ「予期不安」がつらいのか 支援者から見たパニック障害の構造
看護師 山田祥和
パニック発作よりも怖い「予期不安」
パニック障害というと「突然の発作」「過呼吸」「動悸」といった症状を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、実際に支援をしていて感じるのは、発作そのものよりも“予期不安”に苦しむ時間の方が長いということです。
「いつまたあの発作が来るかもしれない」
「電車に乗ったらどうしよう」
「一人で外出できないかもしれない」
「一人の時になったら」
このような“来るかもしれない”不安が、日常生活を大きく制限してしまうのです。

予期不安とは何か
予期不安とは、過去に経験したパニック発作への記憶がよみがえり、「また同じことが起こるのでは」と感じてしまう状態を指します。
たとえば…
一度、電車の中で発作が起きた
人混みの中で息苦しくなった
その記憶が残り、「電車に乗る=また発作が起きる」と結びついてしまうのです。
この「予期的恐怖」が常に頭の中を支配し、行動を制限していきます。
支援者が感じる「見えない恐怖」の存在
支援現場で印象的なのは、表情が穏やかでも心の中は常に緊張しているというケースです。
本人は「今は大丈夫」と話していても、「この後、もし苦しくなったらどうしよう」という思いが離れない。
そのため、外出の予定を立てられない、職場に行けない、買い物に行けない、といった生活上の制約が生まれます。
支援者にとって難しいのは、発作が起きていない=落ち着いているとは限らない、という点です。
つまり、目に見える症状がなくても常に戦っている状態なのです。
なぜ予期不安は強くなるのか 支援者の視点から
予期不安が強くなる背景には、いくつかの心理的メカニズムがあります。
1. 「安全行動」が安心を遠ざける
例:いつも水を持ち歩く、誰かと一緒にいないと外出できない。
→ 一見安心できる行動が、「一人では不安」という学習を強化してしまうことがあります。
安全に安全に行っても別の不安が生じます。
2. 回避行動が生活範囲を狭める
不安な場面を避け続けることで、“できないこと”が増えていき、「自分は弱い」「また発作を起こすかもしれない」と感じやすくなります。回避行動をとることで、どんどん自信がなくなっていきます。
3. 支援者の焦りが不安を増幅させる
「大丈夫ですよ」「行けますよ」という励ましが、逆に“理解されていない”という孤独感を生むこともあります。
「全然大丈夫」というのは何の励ましにもならないことが多いです。
支援者として大切にしたい関わり方
支援の現場では、焦らず、寄り添い、共に考える姿勢が何より大切です。
「無理に行かなくていい」と伝える勇気
「不安でも一緒にいられる」安心感をつくる
「できたこと」に焦点を当てる
たとえば、
「今日は玄関まで出られたんですね。昨日より一歩進めましたね。」
というように、小さな達成を言葉にして伝えることが、予期不安を和らげる支援の第一歩になります。

医療・支援・本人が“チーム”になる
予期不安のケアには、
1.薬物療法(抗不安薬・SSRIなど)
2.支援者による心理的支援
3.周囲の理解
この三者の連携が欠かせません。
本人が「支えられている」と感じることで、
発作そのものよりも“予期不安”に立ち向かう力が育まれていきます。
見えない不安に寄り添う支援
パニック障害における予期不安は、「発作の記憶」と「再発への恐れ」が繰り返し結びつくことで強まります。
支援者に求められるのは、発作を止めることではなく、「不安と共に生きる力」を支えること。
その人が少しずつ、「また同じことが起きるかもしれない」という恐怖の中でも、「大丈夫かもしれない」と思えるようになるまで、静かに伴走することが支援者の役割だと私は思います。
何となく良くなっていくのを、私たちはたくさんみてきました。