強迫症(強迫性障害)の頭の中で起きていること 分かっているのにやめられない理由

看護師 山田祥和

わかっているけどやってしまう、やらないと気が済まない、周囲から気にするなと言われても、、、
程度には差はありますが、強迫症を抱えている人の生活はきついです。

本日は強迫症についての記事を書いていきます。

強迫症(強迫性障害)は「気にしすぎ」ではない

強迫症(強迫性障害)というと、鍵を何度も確認する人、何度も手を洗う人といった行動のイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、本人にとって本当に苦しいのはその行動ではなく、頭の中で止まらない思考と強い不安です。

訪問看護の現場では、「頭の中がずっと騒がしい」「考えないようにしても浮かんでくる」「間違えたら取り返しがつかない気がする」といった言葉をよく耳にします。

外から見える行動の裏側では、本人の意思とは関係なく次々と不安が湧き上がる状態が続いています。強迫症を理解するためには、まずこの頭の中で起きていることを知る必要があります。


意思と関係なく浮かぶ「侵入思考」

強迫症では「侵入思考」と呼ばれる現象が起きます。これは自分の意思とは関係なく突然浮かんでくる考えです。

例えば、家の鍵を閉め忘れたかもしれない、人に危害を加えてしまうかもしれない、汚れているかもしれない、大切な人に何か起きるかもしれないといった思いが突然頭に入り込みます。

本人もその考えが現実的ではないと理解していることが多いのですが、追い払おうとするほど考えは強くなります。考えないように努力するほど、逆に意識してしまう状態です。

不安がどんどん増幅していく仕組み

強迫症では不安の感じ方そのものが非常に強くなっています。通常であれば人は不安を感じても時間が経てば落ち着いていきます。しかし強迫症では、不安のセンサーが過敏に働き、危険を過大に評価し続けます。

一度確認して安心するどころか、「もし確認が間違っていたらどうしよう」「見落としがあったかもしれない」と不安が増幅していきます。

本来は不安を減らすはずの行動が、かえって不安を強めるという悪循環が起きているのです。

「絶対に大丈夫」を求める思考

強迫症の背景には「絶対に大丈夫でなければならない」という思考があります。少しでも不確実な要素があると耐えられず、完全な安心を求め続けます。

しかし現実には百パーセントの安全や確実性は存在しません。わずかな可能性であっても危険があると感じるため、確認や行為を終わらせることができなくなってしまいます。

強迫行為は安心を得るための必死の対処

手洗いや確認行為は決して好きでやっているわけではありません。不安を和らげるための必死の対処です。

行為をすると一時的には安心しますが、しばらくすると再び不安が湧き上がり、同じ行為を繰り返すことになります。この繰り返しによって症状が固定化し、生活全体に影響が広がっていきます。

強い責任感と罪悪感が症状を支える

強迫症の人には責任感や罪悪感が非常に強い傾向があります。「もし何か起きたら自分の責任だ」「自分のせいで誰かが不幸になるかもしれない」という思いが常にあります。

火事が起きたらどうしよう、事故を起こしたかもしれない、自分の行動が誰かを傷つけるかもしれない。この強い責任感が確認行為をやめられなくさせています。

安全を確認することは、自分だけでなく他者を守るための行為だと感じているのです。

分かっているのに止められない苦しさ

多くの当事者は、自分の考えが現実的ではないことや行為がやりすぎであることを理解しています。それでも、やらないと強い不安に耐えられないという状態です。

この「分かっているのに止められない」という体験が、強迫症の大きな苦しさです。これは意志の弱さや性格の問題ではなく、不安を処理する脳の仕組みが関係しています。

周囲の関わりが症状に影響することもある

周囲の人は安心させようとして「大丈夫だよ」「気にしすぎだよ」と声をかけます。しかしその場の安心は、安心を外に求める行動を強めてしまい、結果として症状を長引かせることがあります。

強迫症への支援には、単に安心させるだけではなく、症状の仕組みを理解した関わりが必要です。

強迫症の理解が支援の第一歩

強迫症は「気にしすぎ」や「性格の問題」ではありません。頭の中で起きている侵入思考、強い不安、過剰な責任感、そして安心を求める切実な欲求の結果として現れる状態です。

行動だけを見るのではなく、その背景にある苦しさを理解することが回復への第一歩になります。訪問看護や地域支援の現場では、本人の頭の中で起きている体験に寄り添うことが、よりよい支援につながっていきます。

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