統合失調症の息子を持つ母親の苦悩と希望② 措置入院=裏切りではないという事実
看護師 山田祥和
本日は続きです。
統合失調症の息子さんを持つお母さんの話です。当事者家族の役に立てばと、お母さんはぜひ本当のことを書いて欲しいとのことですが、個人が特定されないように脚色して書いています。
前回の記事
お母さんは、何年ものあいだ、常に気を張り続けていました。
家の中では息子さんの些細な物音に怯え、外に出れば近所の視線を気にする。
眠っていても、突然の叫び声で飛び起きる生活。
「今日は何も起きませんように」
それが毎日の願いだったそうです。
けれど、息子さんの統合失調症は、家族の願い通りに静かになってくれるものではありません。
被害的な妄想は強まり、息子さんの中では「世界が敵だらけ」になっていきました。
「神奈川県警に狙われている、腕の良い狙撃手にロックオンされている、母も神奈川県警の婦人警官だ」
もはやお母さんも敵でした。

家族だけで支え続けることの限界
支援につながるまで、最も長く、最も苦しかったのは「誰にも頼れなかった時間」だったと思います。
保健所
警察
市役所
インターネット
お母さんは、親戚や友人には頼らず、インターネットや行政に聞いて色々試していました。
けれど、どこへ相談しても返ってくるのは、
「ご本人が受診しないと…」
「今すぐ危険ではないので…」
という言葉ばかりだったとのことです。
暴力がある
器物破損がある
近所トラブルがある
それでも、「本人が病識を持っていない」「同意がない」という壁に阻まれ、医療にも福祉にもつながらない。
お母さんは次第にこう思うようになったそうです。
「もう、私が何とかするしかない」
それは責任感ではなく、追い詰められた末の覚悟でした。
「家族が壊れていく」という現実
統合失調症の本人よりも、先に家族が限界を迎えてしまうケースを、訪問看護師として私は何度も見てきました。
このお母さんも例外ではありませんでした。
眠れない
食べられない
共感してくれる人に相談できない
常に緊張している
「息子が寝ている間だけが、私の休憩時間でした」
そう話す表情は、当時を思い出しているとは思えないほど淡々としています。
それだけ、長いあいだ感情を押し殺して生きてきたのだと思います。
転機は措置入院
長年、受診につながらなかった息子さんでしたが、
ある出来事をきっかけに、ついに医療につながることになります。
繰り返される近隣トラブル
激しくなる被害妄想
家族への暴力
日常生活の破綻
お母さんだけではもう支えきれない状態でした。
そして、お母さんはついに倒れました。近所のスーパーで倒れて救急搬送されたのです。
これが一つの転機となったのです。
これを機に、お母さんの体調を心配した病院のケースワーカーさんが動いてくれました。
家庭と息子さんの事情を聞き、保健所や市役所、警察に状況を説明して、今度警察が動くことがあったら精神病院に入院できるように、ルートを作ってくれたのです。
警察・行政・病院が関わる中で、最終的に措置入院という形で精神科病院へ入院することになりました。
お母さんは当時の気持ちをこう振り返ります。
「正直、ほっとした気持ちがありました。でも同時に、申し訳なさと罪悪感でいっぱいでした」
措置入院は、決して家族の“失敗”ではありません。
それでも、多くの家族が自分を責めてしまいます。
「もっと早く何かできたのではないか」
「入院させてしまったのは私のせいではないか」
そう思ってしまうほど、家族は長い間、孤独に闘ってきたのです。

入院中に母親が初めて休めた時間
息子さんが入院している間、お母さんは初めて「何も起きない夜」を経験しました。
怒鳴り声に怯えずに眠れる
物音に過敏にならずに済む
近所の視線を気にせずに家を出られる
「こんなに静かな夜があるなんて…」
そう語る母の言葉には、安堵と同時に、どれほど追い詰められていたかがにじんでいました。
しかし、入院は「終わり」ではありません。
むしろ、本当の意味での支援は退院後から始まります。
つづく
次回は回復です

