ピアサポーターとして当事者会に参加して感じたこと 〜安心して話せる場所と癒しと気づき 〜
ピアサポーター K
先日当事者会に参加して、ピアサポーターとして活動する中で、改めて「当事者会」という場の大切さを実感する機会がありました。
今回、当事者会に参加し、一人の参加者として、そして支援に関わる立場として、その空気ややりとりを体験しました。
医療や福祉の支援があっても、日常の中で「本音を話せる場所がない」「わかってもらえない」という思いを抱えている方は少なくありません。当事者会は、そうした思いを無理に言葉にしなくても、そのまま持ち込める場所だと感じました。

当事者会とはどんな場所なのか
当事者会は、同じような経験や悩みを持つ人同士が集まり、自由に話したり、ただ一緒に過ごしたりする場です。
医師や看護師、支援者が主導する場とは違い、「正しい答え」や「こうすべき」という方向づけは基本的にありません。
今回参加した当事者会でも、話す内容は人それぞれでした。
症状のこと、生活の困りごと、家族との関係、仕事のこと。中には、特に深い話はせず、雑談だけをして帰る方もいました。それでも、その場にいるだけで「ここにいていい」と感じられる空気が流れていました。
当事者会ならではの癒し
印象的だったのは、「説明しなくていい」という安心感です。
日常生活では、自分の状態を説明したり、理解してもらうために言葉を選んだりする場面が多くあります。しかし当事者会では、「それ、わかる」「自分も似たことがあった」という反応が自然に返ってきます。
誰かの話を聞いて涙が出る場面もありましたが、それは悲しさだけではなく、「一人じゃなかった」と感じられる安心からくる涙のように見えました。
無理に励まされることも、否定されることもなく、ただその人の言葉が受け止められていく。その過程自体が、大きな癒しになっていると感じました。
ピアサポーターとして気づいたこと
ピアサポーターは「支援する側」と思われがちですが、当事者会ではその境界がとても曖昧になります。
支援する・されるという関係ではなく、「同じ場にいる一人」として存在すること。その在り方が、かえって信頼や安心につながるのだと感じました。
また、「話さなくてもいい」「聞いているだけでもいい」という選択肢が守られていることの大切さにも気づかされました。
支援の現場では、どうしても「言語化」や「振り返り」が重視されがちですが、当事者会では沈黙も尊重されます。その沈黙の中で、自分の気持ちが少しずつ整理されていく様子も見られました。
当事者会がもたらすもう一つの役割
当事者会は、症状や困りごとを共有するだけの場ではありません。
「こういう工夫をしている」「これは無理だったけど、これはできた」といった生活の知恵が自然と交換される場でもあります。
医療的なアドバイスとは違い、実際に生活している当事者の言葉には、現実的で具体的なヒントが詰まっています。
それを聞いて、「自分にもできるかもしれない」と感じることが、次の一歩につながっていく。そのプロセスを間近で見ることができたのも、大きな学びでした。

孤立を防ぐ「つながりの場」として
精神的な不調や生きづらさを抱えていると、どうしても人との距離が広がりがちになります。
当事者会は、頻繁に参加できなくても、「また行ける場所がある」「顔を知っている人がいる」という感覚を持てるだけで、孤立を防ぐ役割を果たします。
ピアサポーターとして、こうした場を大切にし、必要な人にそっとつなげていくことの意味を改めて実感しました。
当事者会の価値をこれからも伝えていきたい
当事者会は、特別なことをしなくてもいい場所です。
頑張らなくていい、うまく話せなくてもいい、ただ「そのまま」でいられる。その安心感が、心を少しずつほぐしていきます。
ピアサポーターとして、当事者会で感じた癒しや気づきを、今後の支援や発信に生かしていきたいと思います。
同じように悩んでいる誰かが、「行ってみようかな」と思えるきっかけになれば、それだけで大きな意味があると感じています。

