引きこもり生活からの脱却 53歳からの再出発②
看護師 山田祥和
今回も引きこもりから社会復帰した利用者さんの話をしたいと思います。
前回まではどこにでもある引きこもり経験を話しました。今回は四半世紀ぶりにリアルな人間と対峙するまでを話をしたいと思います。
部屋からほとんど出ない毎日、20年以上変わらない毎日を過ごしていましたが、その毎日に大変なことが起きました。
父の脳梗塞
それまで父は、80を過ぎてもシルバーの仕事をし、元気に生活していたのですが、突然リビングで倒れました。
脳梗塞
一命は何とか取り留めましたが、麻痺が残り、歩けなくなり、トイレにも行けなくなり、食事も自力での摂取が難しくなりました。
父とは情緒的な繋がりはありませんでしたが、それなりに思い出もあります。
父は一人でできることがなくなり、母なしでは生きていくことができない状態です。三食の食事介助、夜中までオムツ交換、大柄な男の入浴介助、それ以外に家のこと。母は疲れ果てていました。
私は、父を助けたいという思い以上に、介護に追われる母を何とかしてあげたいと思うようになりました。
しかし、思うだけで何もできません。50歳の大の大人が2階から様子を見ているだけ。それどころか自分のこともできません。相変わらずベルを鳴らし、母に食事も作ってもらい、部屋の前まで運んでもらっていました。
「嫌な仕事をせずに生きていけている自分は、本当に幸せなのか、幸せだ、勝ち組だ」
母も倒れる
そんな状態が長続きするはずがありません。母も倒れました。
幸い母はただの過労で入院するまでではなかったのですが、(本当は父を看なければならないため入院しなかった)これ以上の無理は効きません。

病院から紹介されたお医者さん、看護師さん、介護士さんが定期的にうちに入るようになりました。
その光景を私は2階の窓からカーテンを少しだけ開けて見ているだけです。
それから数か月が経って、父の病状には変化はありませんでしたが、母の顔にも笑顔が戻りました。家に来てくれる看護師さんたちと話ができて幸せそうです。笑い声が私の部屋まで届きます。私のこころも少し軽くなりました。
そんなある日、いつものゲームをしていると、部屋をノックされる音が聞こえました。母は滅多なことがない限りノックはしません。声もかけません。
「誰だ!」

私は薄々気づいていました。この日が来ることを。
恐る恐る開けたドアの隙間から、スーツを着た男性と女性が二人立っているのが見えます。40代の男性と20代の女性です。威圧感のない笑顔でこちらを見ています。
「ついにこの日が来たか…」