ピアサポーターになるまで 私の半生⑤
ピアサポーター 金子祐也
人生という名のジェットコースターから降りられない男、金子です。
本日は大学院に入学してからの話をしたいと思います。
理想と現実のフルスイング──大学院から精神科直行コース
色々と仕事をした結果大学院に行くことを何故か決めました。
大学院って聞くと「知的で優雅な研究生活」なんてイメージを持っているかもしれません。しかし、大学院は一瞬でコント劇場でした。
大学院に進学したのは、これまで仕事が長続きしなかったから。「学歴さえあれば人生逆転できる!」と鼻息荒く乗り込んだものの、その幻想は秒速で崩れ去りました。
ある日、教授から「大切な書類だから、あの先生に必ず届けてね」と言われました。
はい、紛失しました。完璧に。宇宙の彼方にワープしたレベルで見つかりません。
それだけならまだしも、「届けました!」と堂々と嘘をつくという謎ムーブで、案の定嘘がバレてしまいました。
言動もおかしかったこともあり、教授から「保健室でカウンセリング受けてきなさい」と愛のある指導が入り、そのまま精神科に通院することになりました。
大学院はそのままで転職、転職で、京都と地元でバイトしていたセレクトショップに「ただいま!」と戻ったものの、人生の迷子状態は続きます。
会社を作ったら社長が消えた!?転職迷子の冒険譚
そんな中、かつての職場の先輩から「会社作るけど一緒にどう?」と誘われ、「面白そう!」と即答。
…で、地獄の始まりでした。
健康靴の会社を立ち上げたのですが、気づけば営業、事務、商品開発、経営、全部ひとり。泊まり込みは当たり前。ブラック企業も裸足で逃げ出すレベルの働き方でした。
当然、心も体もぶち壊れ、再び精神科のお世話に。薬の副作用で記憶が飛び、気がついたら実家のボロボロの車の中。「何があったんだ、俺?」と呆然。
それでも会社は一応成功し、フィットネスクラブで靴を売ったりしていました。しかし、ここでまさかの展開。
社長がどこかへ。会社もろとも消滅。やっと築いたものが跡形もなく消える瞬間、もう笑うしかありませんでした。
仕事の転々劇場
次に入ったのは高級老人ホームの営業。ここでは営業スキルを発揮するも、人間関係がカオス化し、10月に華麗に退職。そこから始まる転職ラッシュ。
• リネン会社 → 年下の先輩のパワハラで退職。
• 運送会社(障がい者雇用・データ入力) → 昼の電話取次は得意だったが、夜のデータ入力が地獄で1年で退職。
• 東京の人材会社 → パワハラがデフォルト設定。3か月で脱出。
• マーケティング系コンサル会社 → 「ここなら!」と思ったら過去のストレス大爆発。離人感、耳鳴り発生。休職。
しかも追い打ちをかけるように、**体調が悪すぎて**もう人生、波乱万丈すぎる。
結論:こんな人生、でも面白い。
休職中、営業先の会社から仕事の依頼が来たときは「おお、まだ俺に価値があるのか!」と感動したものの、やっぱり長続きせず、再び漂流生活に逆戻り。
しかし、こうして振り返ってみると、面白いエピソードが増えていく。むしろ、人生はネタの宝庫なのでは…?経験は間違いなく増えます!
というわけで、ジェットコースター人生はまだまだ続きます!