がんと共に生きる 精神科訪問看護でできること ~人生がよかったと思えるように~
看護師 山田祥和
私たち精神科訪問看護において、「がんを抱えているから依頼したい」というケースは実際にはありません。しかし、既に精神疾患で支援をしている利用者さんが、ある日がんと診断されることはあります。
そのとき、私たちはあらためて「精神科訪問看護に何ができるのか」を深く考えることになります。

「こころ」と「からだ」の両方に不安を抱える
がんという病気は、体の変化や痛みだけでなく、「この先どうなるのか」という将来への不安、「なぜ自分が」という理不尽さ、仕事や生活の継続への不安など、多くの心理的ストレスを伴います。
精神疾患のある方は、もともと不安を抱えやすかったり、自己評価が低かったりする傾向があるため、がんという重大な診断が精神状態に大きな影響を与えることも少なくありません。
例えば、うつ病で療養していた方ががんと診断され、気分がさらに落ち込むことや、「もう自分には価値がない」と考えてしまうことがあります。不安障害の方が、さらに不安を強めることもあります。こうした場合、精神科訪問看護の役割は非常に重要になります。
診断をどう受け止め、どう向き合うかを一緒に考える
医師からがんの告知を受けた利用者さんが、初めて私たちにその事実を話してくれるとき、そこには大きな信頼があると感じます。
精神科訪問看護師にできることは、まず「気持ちを言葉にする場をつくること」です。
当然最初は否認して、場合によっては怒りをぶつけられることもあります。「怖い」「納得できない」「家族に言えない」――そのどれもが自然な反応であり、無理に前向きになる必要はありません。私たちは、そのままの感情を受け止め、病気を受け入れる受容の手伝いをします。
治療の選択と自己決定を支える
がんの治療には多くの選択肢があります。手術を受けるか、抗がん剤治療をするか、緩和ケアを選ぶか。医師との話し合いは複雑で専門的な内容も多く、精神的な負担が大きくなります。
精神科訪問看護師は、利用者さんが主治医の説明をどう理解し、どう感じたかを整理する手助けができます。自分の考えや希望を明確にし、それを医療者や家族に伝える力を取り戻す支援です。「どうしたいか分からない」という混乱の中にいる方に、少しずつ自分のペースで考える時間を提供することもできます。
また、治療の過程で気分が沈んだり、服薬の自己管理が難しくなったりする場面では、精神科的な視点からのアプローチが必要になります。うつ症状の評価、服薬コンプライアンスの確認、再発予防の支援など、精神疾患を背景に持つ方ならではのケアが必要です。

家族支援と多職種連携の重要性
がんの診断は、利用者さん本人だけでなく家族にも大きな影響を与えます。ときに家族の方が強くショックを受け、「どう接していいのかわからない」と戸惑う姿も見られます。
精神科訪問看護師は、家族のメンタルサポートにも関わる必要が有ります。「ご本人が今、どのような状態か」「どんな支援が役立つか」を共に考え、時には医師、行政、緩和ケアチームなどと連携をとりながら、支援体制の調整を行います。
がんの治療中に精神症状が悪化すれば、入院のリスクも出てきます。そうならないよう、在宅でできる限り安定した支援を継続していくことが、精神科訪問看護の役割にもなります。
生きることを支えるケア
精神科訪問看護は、がんそのものを治すことはできません。しかし、「がんと共に生きる」というプロセスにおいて、その人の気持ちや生活、そして人生そのものを支えることができます。
余命宣告をされる場合もあります。その時は自分の人生が良かったと感じられるように、一緒に人生を振り返ります。人生の統合の手伝いをします。
私たちが訪問を続ける中で、「あなたが来てくれてよかった」「話すと少し気持ちが落ち着く」と言ってもらえることがあります。何気ない会話や沈黙の時間に、意味のある支援が込められていることを実感する瞬間です。
精神疾患を抱えていても、がんという病気があっても、それでも自分らしく生きていきたい。その願いを支える一員として、私たちは今日も訪問を続けています。